「戸籍」について私が知っている二,三の事柄

司法書士の専門分野のひとつに相続があります。

単純な事案から複雑な事案、国際的な事案まで、さまざまなケースを取り扱っています。

日本で起こるどのような相続にも、必ずついてまわるのが「戸籍」という証明書です。

福祉サーヴィスや、選挙における投票権の付与などのために行政が個人を登録する、いわゆる「住民登録」は、おもに居住地の住民票で行われますので、戸籍はふだんの生活の上で意識されることは少ないですが、相続に際しては、家族関係を客観的に証明できる公証書類として、ほぼ全ての手続で必要とされます。

経験のある方ならばお分かりのことと思いますが、相続の戸籍を集めるのは面倒になりがちです。現在の戸籍だけではなく、被相続人の出生から死亡までを隙間なく証明するため、昔の戸籍(改製原戸籍)を全て取得しなければならず、転籍などを経ている場合、複数の役所から取り寄せることになるからです。また、古い戸籍は手書きで作られており、古文書のように崩し字を読み取って内容を把握しなければなりません。

他方で、古い戸籍の記録をひも解くと、家族に関する事実や記憶から、自己や家族の来し方行く末に感慨深さを覚える機会もあり、一種のロマンを帯びたものでもあるでしょう。

そんな戸籍について、本記事では、実務的というよりは、よもやま話的に書くこととします。

 

戸籍の編成と形式

日本人(日本国籍を持つ人)の現在の戸籍(現行戸籍)の、メンバーの最大編成は「夫婦と、(氏を同じくする)いま結婚していない子」の二世代です。

一般の言葉では「核家族」にあたる編成、これが最大編成であり、子の婚姻による除籍等で減りこそすれ、これを超えて関係者が増えることはありません1

この編成が取られたのは第二次世界大戦後のことです。昭和23年に戸籍法が改正される前の戸籍は、いわゆる「家制度」を象徴するとされ、戸主を中心に、その前の「前戸主」や兄弟とその子なども載った長いものでした。

自由主義・個人主義を旨とする国家となった戦後は、「戸主」という呼称をなくし、婚姻時に決めた夫婦いずれかを「筆頭者」という表札にした核家族型となります。その後、技術進歩に伴い、縦書きの簿冊方式から横書きでコンピュータ情報化された方式へ移行し、現在に至ります。

前述のように、相続証明としては被相続人の一生の戸籍が必要になるため、戦前の戸籍を調査する機会がまだまだあります。現在はコンピュータ化でバックアップも備えられており、災害等の場合でも消失等のリスクは少ないのですが、戦前の古い戸籍の中には、焼失等によって失われてしまった戸籍もあり、調査過程ですべて揃わない、ということもしばしば起こります。

また近年の課題として、戸籍に付帯された書類で、住所の変遷を記録する『戸籍附票』について、その保存期間が短すぎること(原則5年)が挙げられます。亡くなってから長年月経過した後で、相続手続きのために住所の履歴を追いかける必要が生じても、証明書が保存期間経過で廃棄されており、証明が困難となってしまう事例があります。

すでにこの期間を原則150年とする閣議決定はなされており、今後早期の法制定を望むところです。

 

プライバシーと戸籍

戸籍は個人がコントロールするべき重要な個人情報の塊です。最近、過去の職業や身分に関する記載を含む「壬申戸籍(明治5年式戸籍)」が、ネットオークションに出品され、法務省が差し止め要請をしたというニュース報道もありました2

かつて戸籍は公開されており、手数料を支払えば誰でも取ることができました3。それにより、結婚や就職の際の差別の温床となる等の社会問題が生じ、現在、戸籍は非公開と改められ、本人をはじめとした一定の者が、本人確認した上でなければ請求取得できず4、役所の運用もかなり厳格です。プライバシーの概念が浸透した今日では信じがたいことですが、戸籍が完全に法律上「非公開」とされたのは2007年(平成19年)、わずか十数年前の話です5

 

本籍≠住所

相続に関する法律相談をしていて、戸籍の「本籍」と「住所」のちがいについて聞かれることがあります。本籍=住所であると思われている方も多いです。

現行制度では、戸籍が置かれる「本籍」と住民票の「住所地」は、事実上一致していることもありますが別のものです。

親元を離れて暮らす独身の方であれば、本籍は住所地ではない親元にあるため、親元の本籍地を管轄する役所・役場でなければ戸籍は取得できません。

戦前は戸籍が住民票の機能も担っていたので、本籍はそのまま住所でした。戦後は本籍と住所は切り離され、住民票によって現住所地を登録することとなったため、本籍は、戸籍を検索して特定する、メールアドレスのドメインのような機能になっています。

ドメインと同じで、居住実態と関係なく任意の場所を選べるわけですから、個人的に思い入れのある場所などにあえて本籍を置く、ということも可能です6

 

無戸籍者問題

近年、戸籍に登録されることのないまま育ち、教育や行政サーヴィスを受ける機会を制限、あるいはまったく受けることができない「無戸籍者問題」が、注目を集めています。

ドラマや映画(是枝裕和監督の『誰も知らない』など)のテーマにもなり、また、この問題を扱ったすぐれた書籍も出版されており7、私も興味深く読みました。

問題が起こる原因の一つと考えられる「離婚後300日問題」を引き起こす嫡出推定の規定については、見直しの議論も進められているところ8で、今後の展開に私も関心を持っています。

 

東アジア各国の戸籍

少し視野を広げて、業務で取り扱うこともある外国の「戸籍」(又はそれに準ずる公証書類)についてもご紹介します。

韓国の戸籍

戸籍という登録方式をとる(又はとっていた)のは、日本・韓国・台湾と言われています。このうち韓国及び台湾の様式については、過去の日本の植民地統治下において、日本の戸籍制度が導入されたことによるものです。したがって、とくに古い戸籍については、この3つの国の戸籍はとても似ており、レイアウト等はほとんど見分けがつきません。

韓国では2005年、憲法裁判所の違憲判決により、「戸主制」という制度枠組みが、憲法に合致しないとされ、「戸籍法」を廃止し「家族関係の登録等に関する法律」という法律による、あらたな制度枠組みを導入しました9

この新しい登録法は、個人を取り巻く家族関係を「家族関係登録簿」というもので登録管理しており、本人のみの情報が記載された「基本証明書」、婚姻関係が記載された「婚姻関係証明書」、父母や子が記載された「家族関係証明書」の3種類の証明書を発行でき、これらを組み合わせて、相続関係を調査・証明できるようになっています。

たとえば、死亡した年月日は「基本証明書」だけに載りますので、基本証明書では相続開始の確認ができ、配偶者や子などの相続人の存否確認は、また別の証明書で行う、というイメージです。

個人中心で余計な情報が載らないため、プライバシー権という点ですぐれている一方、証明書が分かれることによる煩雑さは感じられます。

台湾の戸籍

台湾の場合、古い戸籍のみならず現行法でも「戸籍」と言う名称であり、日本の現行戸籍とおなじ「夫婦と、現に結婚していない子」で編成され、項目の並びもよく似ています。

ただし、以下のような細かい部分は異なっています。

①夫婦別氏

台湾は「選択的夫婦同氏」の民法を持っています。原則的に結婚しても別氏ですが、選択的に手続して同氏10にできるというルールです。

では戸籍はどうなっているかというと、単純な話で、各個人の欄にフルネームが書いてあります。

フルネームの下の欄には、日本の戸籍と同じように、「父母」のフルネームも書いてありますので、相続関係の把握には困りません。

また、日本の戸籍では「筆頭者」「妻」「長男・長女」となる家族関係の名称の表示として「戸長」「妻」「長子」といった続柄が記載されます。

②本籍=住所

日本戸籍で「本籍」に当たる位置の欄には、「戸籍地址」という見出しが設けられているのですが、これは身分証上の住所のことのようで、印鑑証明書にも同じものが載っています。

台湾では、日本の戸籍にある「本籍」と「住所」の区別がないようです。日本のように、もともとは区別がなかったのがそのままなのか、何か改正を挟んだのかは寡聞にしてわからないのですが、住所と本籍がかけ離れていて、手続に苦労するということはないのでしょうか。

③国民身分証統一番号

身分証明書や印鑑証明書にも記載される社会保障番号Social Security numberが、それぞれの個人欄に記載されています。

日本でいう「個人番号」に当たるもので、日本でも目下、現行戸籍に個人番号を記載して紐づける改正が進んでいるところです。将来的には、台湾と同じように印鑑証明書にも載ることになるかもしれません。

④元号(暦)

台湾は「民國」という元号(暦といったほうが正確でしょうか)があり、戸籍などの公文書で使われています。

日本でも新元号が話題になったことが記憶に新しいですが、暦というものは、その社会の年代や時間の感覚に関係するといいます。社会科学や歴史のトピックとして面白い部分です。

⑤役別

兵役に関する情報です。

台湾はごく最近まで徴兵制のある国でした11。一定の年齢以上の場合、「役別」という項目があり、たとえば兵役を終えている場合には「除役」などと記載されているようです。

⑥発行日時

日本の戸籍は、発行年月日の表示までですが、台湾の戸籍の場合、何時何分何秒という発行時間の表示まであります。

発行時間を証明したり争うことが、現実の法律問題として出てくる場面というのを、ちょっとすぐには想像できないのですが・・・、理論的には、変更の届出前後で同じ日に二種類の戸籍がありうることになるわけですので、時間を記載する意義というのはありうるのかもしれません。想像すると怖い気もしますが(その日に独身だったことを完全に証明するために、当該日の最終時点の戸籍を提出せよ、など・・・)。

 

<脚注>

  1. たとえば、親と子という二世代を超えた、祖父母や孫などの三世代目は同じ戸籍に載りません。(三世代戸籍の禁止)
  2. 「「壬申戸籍」5月にも出品=ネットに複数、身分など記載-法務省、一部回収できず」時事ドットコムニュース 2019.7.13 https://www.jiji.com/jc/article?k=2019071200871&g=soc 2019.12.14閲覧
  3. 「何人でも、戸籍の謄本若しくは抄本又は戸籍に記載した事項に関する証明書の交付を請求することができる。」(2007年までの旧戸籍法第10条)、枇杷田泰助・清水湛『登記・供託実務辞典』( 民事法情報センター)400-401頁 
  4. 「戸籍に記載されている者(その戸籍から除かれた者(その者に係る全部の記載が市町村長の過誤によつてされたものであつて、当該記載が第二十四条第二項の規定によつて訂正された場合におけるその者を除く。)を含む。)又はその配偶者、直系尊属若しくは直系卑属は、その戸籍の謄本若しくは抄本又は戸籍に記載した事項に関する証明書(以下「戸籍謄本等」という。)の交付の請求をすることができる。」(現行戸籍法第十条)
  5. 高橋朋子・床谷文雄・棚村政行『民法7 親族・相続 第2版』(有斐閣アルマ)29頁
  6.  Wikipedia の項目『本籍;著名な場所に本籍を置く人数』 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E7%B1%8D#%E8%91%97%E5%90%8D%E3%81%AA%E5%A0%B4%E6%89%80%E3%81%AB%E6%9C%AC%E7%B1%8D%E3%82%92%E7%BD%AE%E3%81%8F%E4%BA%BA%E6%95%B0 2019.12.14閲覧
  7. 井戸まさえ『無戸籍の日本人』 (集英社文庫)、『日本の無戸籍者』 (岩波新書)、秋山 千佳『戸籍のない日本人』 (双葉新書)
  8. 「「嫡出推定」見直しを提言 法務省研究会」日本経済新聞2019.7.23 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO47625290S9A720C1CR8000/ 2019.12.13閲覧
  9. 二宮周平「戸籍制度について」(『月報司法書士』2016年8月号)https://www.shiho-shoshi.or.jp/cms/wp-content/uploads/2016/10/201608_02.pdf 2019.12.13閲覧
  10. この「同氏」は日本とは異なり、いずれかの氏を選ぶのではなく、方一方の氏の上にもう片方の氏をくっつけることになります(冠姓)。このやり方は中国文化圏の伝統慣習に由来するようです。
  11. 「台湾、徴兵制を終了 4カ月の訓練は義務」2018.12.26日本経済新聞、2019.12.13閲覧 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO39400990W8A221C1910M00/

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