相続分の譲渡——相続法の基本ルール
近年、疎遠な関係どうしの相続人へと法定相続分が引き継がれたことで、相続が難航するケースが増加しています。
相続財産は被相続人死後の葬儀・法要等の原資となる場合も多く、手続きができないまま財産が凍結状態となることはだれでも避けたいものです。
一方で、被相続人による遺言や、生前の信託契約等がない場合、相続財産を分ける「遺産分割協議」には、相続人の全員参加による合意が必要です。そのため、
・認知症で意思能力を失っている
・連絡先が分からない、行方不明
などの、メンバーが欠けるパターンや、
・相続人が遠方に居住していたり、高齢等により動けない
・メンバーと全員連絡がついても、その足並みが揃わない
といったパターンでも、手続きの困難化や遅滞が生じます。
また、疎遠な関係の親族同士では、何かと協議がかみ合わず、紛糾することもあり得ます。
意思能力喪失の場合には成年後見申立、行方不明の場合には失踪宣告や不在者財産管理人選任申立といった、裁判所の手続きメニューに頼ることになりますが、
・遠方居住の相続人の一部が、財産はいらないから、自分は相続から離脱したいと言っている
・意見の違う者がいる等で分割協議が長期化しそうだが、先に自分の取り分をもらって協議を離脱したい
といったニーズなどに対しては「相続分の譲渡」が有効な場合があります。
「相続分の譲渡」とは
相続分の譲渡とは、文字通り相続分をだれかに「譲り渡す」ことです。
譲り渡す相手は問わず、相続人でなくとも構いません。(ただし実務上は、相続人以外への譲渡は贈与税の問題が生じますので、相続人に譲渡する場合がほとんどと思われます。)
またこの譲渡は、有償でなければならないわけではなく、無償でも構いません。
したがって、無償の相続分の譲渡は、事実上、裁判所の手続きである「相続放棄」と効力が似てきます。
裁判所へ申述書を提出して、受理証明書を発行してもらう相続放棄に比べて、相続分の譲渡は私文書(相続分譲渡証明書)によって可能であり、手続きが簡便で済むところにメリットがあります。
ただし、相続分の譲渡の効果は、対外的に主張することはできないため、相続債権者に対しては、債務の履行義務が残ってしまいます。
相続分の譲渡は、相続債務を免れられる手段ではありませんので、注意が必要です。マイナスの財産を免れたい場合には、あくまでも相続放棄申立が必要となります。
相続分の譲渡後の効果
相続分の譲渡が行われると、譲り渡した相続人の相続分が、譲り受けた者にそのまま引き継がれます。
譲渡人は遺産分割協議からも離脱し、以後の協議は譲受人と残りの相続人で行うことになります。
遺産分割後の、不動産登記等の際にも、相続分譲渡時に作成した「相続分譲渡証明書」と印鑑証明書(3か月を経過していても構いません)を添付すれば足ります。
ただし、相続税の課税対象となる場合には、有償譲渡で取得した対価については相続税の対象として加算して申告することになりますので、注意が必要です。
また、相続放棄の場合と同様に、相続分を引き継ぐことになる譲受人とのコンセンサスや、事前事後のケアが必要になりえるでしょう。