民事信託(家族信託)の活用

平成18年の新信託法制定により、我が国では民事信託(家族信託)の制度が活用できるようになりました。

個人の財産は、個人がみずから管理・運用・処分するものです。もしも認知症等で個人の財産管理能力が衰えた際には、裁判所によって成年後見人が選任され、後見人が本人を代理して、財産管理や処分を行っていくことになります。

また、財産の所有権は死後、相続人や遺贈の受遺者に引き継がれ、その後はその者の自由な処分にゆだねられるのが原則です。

しかし、そうした原則的な制度では実現できないようなニーズがある場面で、信託(民事信託・家族信託)の方法を使うことにより、よりニーズに寄り添った財産の運用を行うことができます。

信託とは

信託とは、特定の財産を、特定の目的に活用してくれるよう、信頼できる者に「信じて託す」手法です。

信託の歴史的変遷は国によって様々のようですが、古いものでは古代のローマ法にもみられるようです。
ローマ法において、相続人の一人を指定したうえ、当時の法律では相続人になれない人物に財産を引き渡してくれるように依頼する「信託遺贈fideicommissum」(=「信義に委託する」という意味のラテン語)という財産処分の方法が広まったとされており、法学・社会科学の古典として有名なモンテスキューの『法の精神』にも、この手法の由来に関し言及した個所があります1

日本では長らく、信託業法で規定された信託業者が、営利目的で行うこと(商事信託)を前提としていましたが、平成18年の新信託法の制定により、個人を主体として、相続財産の活用や福祉目的など、幅広い用途で行う信託が可能となっています。

信託の基本構造

信託の基本構造を作り出す当事者は、①委託者②受託者③受益者の三種類です。

信託の構造

① 委託者=財産を託す人

② 受託者=財産を託されて管理・運用する人

③ 受益者=財産管理の利益を受ける人

 

委託者は、受託者との間で信託契約を行い(又は遺言で受託者を指定し)、財産を信託財産として受託者に移転します。

受託者は信託の定めに従い、自己の財産とは分離して信託財産の管理を行い、その利益を受益者に交付します。

また、委託者と受益者が同一である信託を「自益信託」、委託者と受託者が同一である信託を「自己信託2」と呼びます。これにより、

・元気なうちは、財産管理の収益を自己に帰属させておき、死後(又は、認知症になったら)には他の者に帰属させる

・元気なうちは、自己で財産管理を行い、死後(又は、認知症になったら)には他の者に菅理をお願いする。

といった設計も可能になっています。

 

信託が活用できる場面

信託は、前述の通り、通常の成年後見制度や相続では不十分なニーズがある場合に有効な手法です。具体的な事例としては、次のようなものが挙げられます。

①不動産の収益を、特定の者の生活費・療養費等に充てたい。

収益不動産の管理を子に託し、その収益から、自己や配偶者が受益者として生活費等の給付を受ける「隠居」のような形を生前に作るパターンが典型です。受益者に配偶者を含めることで、自己が亡くなった後でも、残された配偶者の生活費が保証されます。

また、障がいをお持ちのご家族がいるケースや、「老々介護」のケースも想定できます。世話をしている側が、認知症などで能力が低下した際、後見制度を利用することになりますが、後見は本人の利益保護を目的とした制度であるため、他者のために財産を運用することが難しくなってきます。

信頼できる親族等を受託者として、元気なうちに信託契約をしておくことで、もしもの時には受託者が本人に代わって、不動産の管理・処分を行い、収益を療養費に充てる、といった対処が可能になります。

②葬儀や埋葬の方式、ペットの行く末への対処など、死後の特定の事務について、自己の思い通りになるよう、信頼できる者に託したい。

意向を遺言で残したり、死後事務の委任契約をしていても、あくまで財産や権利義務は死後、相続人へ引き継がれるのが原則です。

相続人が必要費を支弁してくれなかったり、相続手続きに時間がかかる可能性がある場合、事前に事務処理にかかる費用分の金銭を信託しておくことで、その金銭を使って、相続の成り行きにかかわらず、確実に個人の願いを実現することができます。

③後継者に事業承継をしたいが、経営経験などの面でまだ心配が残っているため、段階的に行いたい。

信託の対象財産は、譲渡性のあるものであれば何についても行うことができます。後継者が経験を積むまでの間、番頭さんを受託者として株式を信託するなど、柔軟な事業承継が可能となります。

 

信託組成のポイント

民事信託(家族信託)という手法は、ただ漠然と財産を譲る・任せるというものではなく、「具体的に、この財産はこのように活用してほしい」という願いがあり、なおかつ「この人ならば託せる」という適任の受託者がいることを前提としています。その観点から、信託においてポイントになるのは「目的」と「受託者」の役割です。

目的を明確にする

信託には必ず「目的」を定める必要があります。
この目的は、明確で具体的なものでなければなりません。
信託の受託者は、託された目的に従って信託事務を行うことになりますので、その際の指針となるものでなければなりません。また、様々な事務処理の中で、どの行為が権限内あるいは権限外であるかも、目的にしたがって判断されます。その判断が明確にできるようなものでなければ、信託目的として意味をなしません。
「誰それの利益のために運用する」や「幸福になるよう運用する」といった抽象的すぎる内容では、目的を定めたとみなされず、無効な信託となる恐れがあります。

受託者の任務

「信義に委託する」という語源の通り、信託とは、信頼できる人に財産を託し、その人に自分の希望が叶うよう財産を管理・運用してもらう仕組みです。信頼できる受託者(親族・ご友人など)の協力がなければ、信託は運用できません。

それは逆に言えば、託された受託者側では、信義に忠実に則った財産管理の責任が生じるということでもあります。

具体的には、受託者は、

・自己の財産を管理するよりも重い「善良なる管理者の注意義務」(信託法第29条)

・利益相反行為への配慮と制限(同31条)

・受託者の固有財産と信託財産を分別して管理する「分別管理義務」(同34条)

・信託事務を第三者へ委任する場合の監督義務(同35条)

・委託者や受益者に信託事務の処理の状況について報告義務(同36条)

・帳簿作成、報告、保存の義務(同37条)

といった義務を負い、任務を怠った場合の損失てん補責任が課されます(同40条)。

また、事案の性質に応じて、信託監督人・受益者代理人・指図権者などを置くことにより、信託事務に監督・サポート機能を持たせることもあります。

 

財産管理については、個別のご相談が大切です

信託は多くの場合、各個人のニーズに合わせたケースバイケースの設計となり、期間も長期に渡ることのある財産管理スキームです。契約書を交わして登記しただけで終わるものではありません。

ニーズを明確化し、契約条項や関係人をはじめとした設計をしっかり行ったうえ、信託事務の期間中もサポートが不可欠です。

また、実際にご相談してみると、わざわざ複雑な法律条件や事務処理が増え、費用も掛かる信託より、遺言・後見制度等、従来の制度で対応したほうがよい場合も少なくありません。

民事信託のみならず、財産管理全般に対応した弊所へぜひご相談ください。

 

≪脚注≫

  1. モンテスキュー『法の精神』下巻、野田・稲本・上原・田中・三辺・横田訳、岩波文庫、130頁
  2. 自己信託は公正証書によらなければなりません(信託法第3条3号)。もっとも、自己信託ではない形式の信託契約であったとしても、確実に契約を証明する観点から、公正証書によることをお勧めいたします。

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